友人の部屋に転がっていた1冊の雑誌
何度も読み返したのか、すり減り色あせている。
その存在は以前から知っていたが、手にすることはなかった。
その必要がなかっただけなのか。
それとも自分は他とは違う存在だと思いたかっただけなのか。
旅とは日常からの脱出である。
今まで築き上げて来たものは、心地よさだけではない。
またその心地よさでさえも、時として息苦しさへと変化することがある。
旅とは自由への渇望である。
内子に「文化交流ヴィラ高橋邸」というものがある。
「文化交流」「ヴィラ」「高橋邸」
馴染みの無い単語の複合体である。
内子の古い町並みを眺めながら南にくだり、駅に曲がる角を逆に行く。
すぐに右斜め前に小道がある。
静かに視界が開けると、大きな屋敷が見えてくる。
これが「文化交流ヴィラ高橋邸」である。
高橋邸とは、遠来の人と時を談じ、文化を語った人高橋吉衡翁の生家であり、日本の麦酒業界の繁栄に貢献し、戦後の経済復興に通産大臣として大きな業績を残した高橋龍太郎翁を育てた屋敷である。
高橋龍太郎翁の長男故高橋吉隆氏(元アサヒビール株式会社会長)が、郷土である内子町への思いを寄せられていたことから、その御遺族によって寄贈された。
文化交流ヴィラ「高橋邸」として再生したこの屋敷は、高橋吉衡翁、高橋龍太郎翁の精神を引き継ぎ、遠来の客を迎えるゲストハウスなどとちして利用されている。
「止談風月無用者可入」(ただ風月を談じるなら、用事がなくても屋敷に入りなさい)という墨書の看板がこの屋敷には掲げられている。
喫茶あります。屋敷に入りなさい。
ここで、珈琲をいただき、愛媛の偉人の魂を感じ、心を昂らせ、日常に帰りなさい。
「るるぶ」
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